「シシャモ、私も好きですよ。プチプチの卵がいいですよね」
北海道出張の折、その晩の食事の折に道民のかたにこう言うと、思ってもみない返事が帰ってきました。
「何言ってんの? シシャモはオスのほうが旨いべさ、メスはあんまり食わないよ」
「へ?」
「・・・あのね〜(若干お怒り気味)・・・あんたたち本土の人がシシャモって言ってんのはあれはニセモノのシシャモなの。本物のシシャモはオスのほうが旨いの!」
そう言って出された「本物」のシシャモは私が知っている脂が乗ったプチプチした塩味のものではなく、あっさりとして鮎にも似た少し高級な味のするお魚でした。
帰ってから調べてみると、我々が食べていたのはシシャモと同じキュウリウオ目キュウリウオ科でアイスランド沖原産の「キャペリン(和名:カラフトシシャモ)」というものでした。
つまり同じキュウリウオ科と言っても、例えばウシとヤギくらいの違いがあったんですね(ともにウシ科)。
道民の方のお怒りもごもっとも、というわけです。
ちょっと似た話で、子供時代、親からステーキと言われて家で食べていたのはビーフではなく「クジラの肉」でした。
今でこそ、高級品と言うか、絶滅危惧種として食べることがはばかれるような雰囲気のあるクジラですが、
昭和40年代当時はマルハとかの水産加工会社が、捕鯨船団を組んでバンバンクジラを捕っていたので、最も安い肉はクジラだったのです。
そのお味はと言うと、正直硬いばかりでなんの味もせず、それに塩や醤油をたっぷりかけて御飯のおかずにしていました。
「お母さん、ステーキって硬いねー」
「うん、そうだねー」
まだ無邪気な少年だった私はまんまと騙されていたんですね。
ですから中学生になった頃、はじめてステーキ屋さんで食べたときの衝撃といったら・・・
こういった話は本物しか信じない「本物志向」のみなさんからみたら、ほんと鼻で笑っちゃうような話だとは思います。
でもね、「本物」ってなんでしょう?
私にわかるように説明できる方います?
「本物」は「本物」に決まってるだろう!
そういうのはナシですよ。
そういうのを「トートロジー(同語反復・同義反復)」と言いまして、論理の世界では論理が堂々めぐりするから一番やっちゃいけないことなんです。
「本物」の定義の前に、試しにいま「本物」と言われているものについて考えてみましょう。
・スコッチウィスキー
もともとのスコッチウィスキーは透明な蒸留酒だったが、スコットランドがイングランドに征服されてから掛けられた高額な税金を逃れるために、密造される過程で泥炭とシェリー樽が使われて、あの色と香りになった。
・フランスワイン
実は今のフランスワインの原料のブドウはチリ原産。元のフランス種は病気で全滅。チリに里子に出されていたブドウの苗が帰ってきた。だから実はチリ産が本家とも言える。
・ネクタイ
もとを正せば14世紀に流行したクラバットというネッカチーフ(あのナポレオンも巻いてたやつです)を簡略化したもの。
そもそもスーツだって、燕尾服の後ろを切ったものが元祖です。
うーん、本物は最初から本物だったわけではなさそうですね・・
つぎに、「本物はいつまでも本物なのか」を見るために流れの早いビジネス界のビジネスツールについても触れておきましょう。
・ジアゾ式コピー 別名「青焼き」
私が社会人になった頃、アンモニアの香りがして少し湿気った状態で出てくる、このコピーが本物でした。
今のコピーは「電子コピー」「白焼き」と呼ばれていて本物とみなされていませんでした。
なので役所に出す図面などはいちいち「本物の」青焼きにコピーし直していました。
・いまだに一部で主流のFAX
今ではイケてないビジネスツールの代表格ですが、私が仕事を始めた頃はまだEメールもなく最先端の本物でした。
「いきなり送るのは失礼」といちいち電話してから送っていたのを思い出します。
そのFAXを駆逐して本物の座を得たEメールも最近はSNSに駆逐されそうです。
過去フェイスブックのMessengerで仕事の依頼したら、「ちゃんと」メールで出し直すように言われたことがありますが、もうさすがにそんなことないでしょう。
賢明なあなたはもうおわかりですね。普遍的な価値を持った「本物」などは存在しないのです。
小学校中退でありながら、「日本の植物学の父」といわれた植物学者、牧野富太郎はこう言ってます
「本物(種)とは長持ちすること」
「つまり代々長持ちした形質こそが種と名乗れる本物」というわけで、私はこの「長持ち」というところに意味があるんだろうと思います。
しかし長持ちしたものにはいずれどこかで終わりが来ます。
「本物」という言葉に惑わされることのないように「本物とはその時一番良いもの」「本物は世につれ変わっていく」ということも心のどこかに置いておく必要があると私は考えています。
ちなみに第二次世界大戦末期のアメリカとドイツが競争で開発を進めていたジェット戦闘機はテストパイロットから総スカンだったそうです。
いわく、「スピードが早すぎて空中戦ができない」がその理由だったそうですよ。
ドッグファイト(空中戦)で相手戦闘機を撃墜することができる旋回性能を持ったプロペラ機が、彼らにとっての本物だったわけですね。
☆おまけ ノルウエーでは肥料にするしか用途のなかったキャペリンを「(カラフト)シシャモ」として流通させることに成功した日本人のおじいさんと偶然新幹線で隣り合わせになったことがあります。なんでもその功績でノルウェーの爵位を持っているそうです。「魚井一生」という名刺をもらいましたが、きっとペンネームですよね(笑)。